アトピーに苦しんだ日々 Part3 (End)

Part2からの続き

あまりの状態のひどさから、ほとんど職場へ行かなくてもよいことにはなったものの、だからといって決して楽だったわけではない。

特にきつかったのは、睡眠時間の確保だ。肌の痒みが深夜に訪れるため、このころは普通に夜に寝れない状態になっていた。

医師に相談すると「そりゃそうだ。今の君(厳密には君の肌の状態)は普通の人と逆(昼夜逆転)になってるからね。肌の温度が下がる朝方に寝るようにするといい」と言われたので、この頃は毎日、夜遅くまで起きていた。(もちろん、それ以外の時間でも眠いときは寝るようにした)

また、医師からシャワーを含む入浴をしないよう指示されていた。シャワーによって肌がさらに乾燥し、痒みが増すということだった。最初は不衛生な感じがしてとても気持ち悪かったが、本当に痒みが減るので、最低でも1週間はお風呂に入らないようにしていた。(とはいえ、手足や陰部だけは毎日洗う)

しかし、肌の入れ替わりはどうしても1ヶ月程度はかかってしまうので、すぐに治るものでもないし、入れ替わりのペースが通常より早い(肌が薄いから)ので、家にいてもポロポロ落ちる。自分の部屋に1時間もいれば、フローリングが落屑だらけになっていた。

家の中で、ただ通過するだけの廊下やリビングでも、白い粉がいっぱい落ちていたので、毎日何度も掃除機をかけていた。落屑はダニにとって最高の栄養源らしいので・・・。

自分の部屋に来る子供にも「お父さんのお部屋はお肌がいっぱい落ちてて汚いから来ないで」と言い続けていたら、リビングとかで「お父さんのお肌落ちてるよ!」と言われたり、自分の体を見て「お父さんのお肌ボロボロでいやだよ〜早く治ってよ〜」と言われたりしていた。

そんなこんな、一日中体を掻きむしっている状態で治るのか・・・と心配ではあったが、過ごすこと約1ヶ月で、少しずつ改善が見え始めてきた。

相変わらず肌はボロボロだったが、このぐらいから普通に夜に寝れるようになってきた。朝起きたらシーツにものすごい肌が落ちていたが、とにかく睡眠時間を確保できるのはありがたい。

そして、この睡眠時間がしっかりと確保できるようになってからは、回復が急速に進むようになった。それから2週間ぐらいで、人目につく部分(顔や腕)のカサつきがだいぶ減り、人と顔を合わせることに少しずつ慣れてきた。仕事にも少しずつ行くようになり、周りからも「良くなってきたね」と言われるように。

今では、だいぶ痒みも肌の落屑も減ったので、通常どおり仕事に行っている。

今回、きつかった時期は6月〜9月の3ヶ月程度だが、あらためて健康の重要さを思い知った。健康状態が良くないと、何をするのも億劫で、物事に対してとても悲観的になってしまう。

ちょうど夏の時期で、例年なら子供とプールに行ったりするのが一つの楽しみだったが、プールどころか、買い物にすらほとんど一緒に行かなかった。それぐらい人の目があるところに行くのが嫌な状態だったのだ。

週末は自分がゆっくりできるようにと、妻は子どもたちを連れて毎週のように実家に帰ってくれていたので、今年の夏はほとんど家族と過ごせなかった。

健康であれば当たり前のようにできることが、できない。まだ完全に治っているわけではないが、「体が資本」であるということを痛感した3ヶ月間だった。

8回目の結婚記念日

今日は、8回目の結婚記念日。妻と共になってから早9年が過ぎた。

そんな今日は妻の希望で、お気に入りのたこ焼きとドーナツを食べにいくことに。

9年前の結婚式のことを振り返ったりと、とても楽しい時間だった。来年は10周年記念ということで、結婚式を挙げたレストランで祝う予定。

9年があっという間に過ぎたように、子どもたちもあっという間に大きくなるだろう。子供が手離れしたときに夫婦で楽しめることをしっかりと見つけておきたい。

アトピーに苦しんだ日々 Part2

Part1からの続き

ちょうどその頃、会社の定期健康診断を受ける機会があった。

医師の診察を受ける際、「他になにかありますか?」と聞かれたので、今の肌の状態について相談してみると「ステロイドを使わない良い皮膚科の先生を紹介しましょう」と、紹介状がないと受診できない皮膚科を紹介してもらうことができた。

そして、藁をもつかむ思いでその皮膚科へ行くことに。

先生が曲者だということは事前にネットの情報で知っていたが、本当にユニークな先生だった。「全裸になれ」「キン○マかゆいんか?」とかを平気で言うような先生で、人によっては受け付けられないタイプかもしれないが、自分は意外とすんなり受け入れられた。

確かに最初は「なんだこの先生!?」と思ったけど、それらの行動にはきちんと理由があって、その後に撮った写真を見せながら「ここはこういう理由でこうなっている、だから他の部分の肌はキレイだろ?」といったように、普段、鏡越しでしか見ることのできない自分の体の状態を、第三者の目で見ながら詳しく説明してくれたのだ。

これまで様々な皮膚科に通ってきたが、チラッと肌の状態を見て「お薬出しておきますね〜」といってステロイド剤を処方するような医者ばかりだったので、「この先生はちゃんと話を聞いて、明確に回答してくれる(回答が専門的すぎてわからないこともあるけど)」と確信(感動?)し、この少し偏屈な先生を信頼することにした。

最初はどんな治療をされるのかワクワクしていたが、言われたことは一つ。

「何もするな」

「はい?」という感じだが、詳しく聞くと、まずはステロイドを塗ったり保湿剤を塗ったりすることをやめろということだった。薬によって肌が薄くなり、本来あるべき機能が果たせていないのが今の状態だと。肌からすれば「薬のおかげで、おれ本気出さなくていいじゃん〜」という状態なのだと勝手に理解した。

「まずは自分の体を知ることからだな。血を調べよう」

ということで、血液検査を実施し、初診は終わった。

1週間後に出た血液検査の結果は散々で、悪い球菌にとって自分の体はとても居心地がいい(攻撃しやすい)体であるということが分かった。しかも、大好きで週に2,3回ぐらい食べていたピーナッツが、実はアレルギーだということも判明した。(この結果以降、ピーナッツを一切食べないようにしている)

初診後、先生の言ったことを信じて一切の薬を断ったが、ここからが本当の地獄だった。ステロイドの副作用で、顔を含む体全体が赤く、そして肌が白く粉を吹く(ボロボロ)ようになったのだ。

目に見えてひどい状態になったので、この頃から、仕事においても周りから「どうしたの?」と心配されるようになり、人に顔を見られることすら激しいストレスとなった。

ちょうど医者から「週に2回来れるか?」と言われていたこともあり、上司へ定期的な休みを相談。本当は仕事が休めるような業務状態ではなかったが、上司も明らかな異常に気づいていたので了承してくれた。ここから1ヶ月ぐらいは、週に2,3日は休暇を取り、ちょうど会社で導入された自宅勤務制度を活用して、なるべく会社に行かなくて良い状態にしてもらった。

会社に行っても肌がボロボロ落ちて机や椅子が不衛生だったし、何より人と話さないと進まない仕事ばかりなので、人と顔をあわせるのが嫌だった。この時期、自分が会社を休みがちなことを周りのみんなが理解してくれていたのが本当に助かった。(それぐらい、周りからみても心配されるような見た目の酷さだったということだ)

この頃が、これまでの人生の中で一番、人との接触が嫌な時期だったのは間違いない。思い出すだけでも辛くて仕方がない。

Part3へ続く(長いな・・・)

アトピーに苦しんだ日々 Part1

今年に入ってから一気にブログの更新頻度が落ち込んでいるのは、純粋に仕事と家庭が忙しかったというのもあるが、何よりも自分自身の体調が原因だ。

元々、肌があまり強くなく、毎年冬の時期には体の一部がカサカサになってしまうようなことがあったのだが、昨年の冬は一部分ではなく、体全体に肌荒れが広がった。

そしてその肌荒れは今年の夏まで続き、今年の夏は大好きな温泉や、子供とプールにも行くことすら叶わなかった。

今もまだ肌が黒ずんでいるが、一時期に比べてはるかに良くなったので、ようやくブログに書く気になった。

始まりは昨年(2015年)の11月。例年、冬の訪れとともに肌荒れが始まる時期だ。

いつものように「毎年のことだから」と、一部分(首周り)の肌荒れは気にとめていなかったが、首から上半身へ肌荒れが広がっていく。

「いつもと違う・・・」と感じたのは今年2,3月。とはいえ、仕事も忙しく「まぁ、ほっとけば治るだろう」ぐらいに思っていた。

しかし、期待とは裏腹にどんどん広まる肌荒れ。今年の5月には、さすがに妻から「見ていられないから皮膚科に行って」と言われる始末。

普通であれば、病院(皮膚科)に行けば回復するだろうと思われがちだが、その病院から処方された薬によって、さらに悪夢をみることになる。分かる人であれば分かるが、ステロイドの入った薬を処方された。(一時的に劇的な回復がみられる薬だが、その後の副作用で余計にひどくなる人もいる薬)

その頃、腹あれは顔の一部(額)まで広がっていたので、病院から効力の薄い薬を処方されたのだが、これが見事に自分に合わなかった。肌荒れがよくなるどころか、さらに悪化し、顔が真っ赤な状態になったのだ。

Part2へ続く。

 

下の子が2歳になった

下の子が今日で2歳となった。

2年前の早朝、この世に誕生して早2年。月日が経つのはおそろしく早いものだ。

妻と話していたのだが、あの日もちょうど梅雨時期で雨がしとしと降っている中での出産だったと記憶している。

最近では言葉もよく話すようになり、少しずつだが会話も成り立つようになってきた。

子供の成長は恐ろしく早いし、この時期がもっともかわいいので、一緒にいる時間を少しでも多くするよう努めたい。

まぁ、子供の成長が早いということは、自分もそれだけ年を取っていくということになるのだが・・・。